FX

「……んんっ」

銀幕スクリーンに大写しされている男女の絡み。
女性特有の鼻にかかった甘え声が室内を満たし、男性は声に反応したのか顔を上げ、女性の顔を覗きこみ深く口付けた――。


白いシーツの海中で重なる男女の表情や肌の露出等はわざとぼかしてはっきりと見えないように撮影されているが、映画を観に来た客には誰が演じているかの正体は明らかだった。
次第に黒い画面にフェードアウトしエンディングクレジットが流れ始める頃、会場は拍手に包まれる。
全てのクレジットが流れ終わり、照明が点灯した。

「これから『雨のち晴れ』の出演者の初日舞台挨拶を行います。実は今の上映を出演者の方々も一緒に観ていたんですよ」

二階上手側のボックス席にスポットライトが集中し、出演陣の姿が浮かび上がる。
途端に会場内の観客から歓声が上がり、各々が場内に手を振りながらカーテンの奥に消えていく。

「それでは改めて出演者の皆さんを呼びましょう。監督の新開誠士さん、これが映画初主演『吉野花梨』を演じた京子さん、相手役『山本怜』の敦賀蓮さん、『山本慎』役を演じ主題歌を歌った不破尚さん。今日はこの四名に来ていただきました〜」

 司会に名前を呼ばれた順に出演者が手を振りながら登場し、壇上に並ぶ。

「京子さん顔が赤いですが、今のベッドシーンと何か関係が?」
「……こんなに大勢の人達と見る事が恥ずかしくて」
「大丈夫、とても綺麗でしたよ。ねぇ? 敦賀さん」
「はい。役得でした。京子さんの魅力に溺れて撮影なのに我を忘れるところでしたよ」
「敦賀さんは今迄数多くこの様なシーンを演じてこられたと思いますが、そんな事を仰って大丈夫ですか?
いくら映画内で恋人同士になると言っても二人の仲を誤解されますよ?」
「京子さんと噂になるなら、こちらがお願いしたい位です」
「あら、今の発言は芸能ニュースで騒がれますよ?――」

映画撮影前から二人が付き合っている事実を撮影中に知った不破尚は人前なので表情を保っている。
しかし内心では「野郎、いけしゃあしゃあとしやがって」と苦々しく思っていた。

そしてキョーコが赤くなったのは皆にベッドシーンを見られたからなどという単純な理由ではない。本当は違う。
その理由を知っているのは会場内で蓮とキョーコの二人だけだった。


「中部国際空港までお願いします」

蓮とキョーコをタクシーの後部座席に乗せ、助手席に座った社は運転手に行き先を告げ車は走り出す。

「二人の今日の仕事はこれで終わり。飛行機の出発まで時間に余裕があるけど、名古屋の美味い物でも食べていくか?」
「名古屋が映画の舞台でしたから現地ロケ撮影中に堪能しましたけれど、味付けが濃すぎて俺には少し……。
今朝東京からこちらに来てこれから東京へとんぼ返りですし……出来れば空港でゆっくりしたいです」
「俺は結構好きだけどなぁ。ま、人の好みはそれぞれだしな。東京でお前好みの料理を食べればいいか。
薄味なら京都料理とかいいかもな。キョーコちゃんもそう思うよね?」
「え……? あ、はい」

突然話を振られたキョーコの何処か呆けて曖昧な反応に、社は副音声でグフフと聞こえそうな笑みを浮かべた。
しかしタクシー運転手に二人が交際している事実を気付かれてはならないので、すぐにからかうのをやめる。

「それはそうと俺達はこれで名古屋での仕事は終わりだけど、監督と不破君はこの後こっちの地元番組の出演があるんだ。
本当は蓮とキョーコちゃんにも話があったんだけどな。最近ハードスケジュールだったしテープ取材だけにしてもらって、スタジオでの番組宣伝はあちらにお願いしておいたよ。二人とも疲れただろう。空港まで少し眠っておいたらどうかな?」
「有難いです。では」
「お言葉に甘えさせていただきます」

普通の恋人同士なら男性に女性が寄りかかる場面だが、二人には人前でそれをする事が許されない。
蓮はジャケットを、キョーコはハーフコートを脱いで身体の上に乗せ、そのまま目を閉じた。
社はその姿を見て、部外者が居る所では交際関係を微塵も感じさせない二人に感心する。

やがてタクシーが空港に到着した。チェックインカウンターでチケットの手配をしていた社が慌てて二人の所に戻ってくる。

「ごめんっ、蓮とキョーコちゃんの分はビジネスクラスで予約が出来ていたんだけど、俺の分の手配にミスがあって……。
まずは二人で先に東京に戻れ。これがチケットだ」
「わかりました。社さんはどうやって東京に戻りますか?」
「キャンセル待ちも考えたけど、新幹線があるうちにそっちで帰ろうと思う。まだ夕方だし今なら余裕で間に合うしな」
「そういえばいつもは新幹線なのに何故今日は飛行機を使っての移動なんですか?」
「映画内のお前達がこの空港のカフェで出会った設定だからな。
初日の舞台挨拶は映画の舞台である名古屋って監督が拘ったように、今日の東京―名古屋間の移動は飛行機利用の指定があったんだよ。出発時刻は一時間後だからまだ時間はあるぞ。出会いのきっかけになったカフェで時間を潰すか?」

 映画の冒頭に登場し実際に営業しているオープンカフェを社が指差し、蓮とキョーコもその方向を見る。

「いえ、社さんが居ない時に目立つと流石に対応が大変なので、早めに保安検査場を通っておきますよ」
「そういえば……今日は二人とも帽子を被っているだけの変装で全然正体がバレていないな。予め頼んでおけば一般客とは別で検査場を抜ける事が出来るのに、お前がそれをしないからなあ……助かったよ」
「俺はそこまで大物じゃありませんよ」
「偉ぶらないのがお前のいいところだよな。もし蓮がファンに囲まれたら、キョーコちゃんはすぐに離れて出発まで何処かに隠れておいていいからね」
「社さんは大袈裟ですね。大丈夫ですよ。では先に行きますね」

 蓮とキョーコは社と別れた後、一般客と混ざって保安検査を受けたが運良く二人に気が付く者は居なかった。

「搭乗開始まで時間があるね。誰も俺達に気付いてないようだし、偶にはラウンジじゃなくて他の人達みたいに出発ロビーで時間を潰そうか。……さっきから黙っているけれどどうしたの? そんな赤い顔をして」
「……さっきの敦賀さん、映画館であんなコト……」
「舞台挨拶前のベッドシーン上映中に太腿を撫でた事?」
「撫でるどころか隣に座っているのをいい事に、ゆ、指を……れようとしたじゃないですかっ。反対側にバカ尚が座っていたし声を抑えるのに必死だったんですよ! それにタクシーでも同じ事を……」

いくら周囲が二人に気付いていないとはいえ、あまり外で話す内容ではないので人気のない方へ自然と足は向く。

「此処に入ろう。大丈夫、誰もこっちを見ていない」




映画「雨のち晴れ」で共演した蓮キョが、初日の舞台挨拶後、名古屋から東京へ帰る道中のお話です。
ベッドシーンで終わる映画は あまり無いと思いますが気にしないで下さいませ。
ここからは色々と我が家の蓮様が暴走しますので、R18指定です。 後書きと言う名の執筆裏事情はHPにて掲載
拍手する


* 2010.11.25 Evany * 背景素材 NEO HIMEISM 様 *

RAINBOW CRYSTAL
inserted by FC2 system